SSブログ

さようなら2023年 [Diary]

本日は12/31です。予約投稿ですが、今年はあまりにも辛かったから。

楽しかったことも多かったはずなのですが、なんか思い出せないぐらい、
辛いことばかり、大変だったことばかりしか思い出せませんね。
それもそのはず、挙げるとキリがないけど、
まず新年早々、車の事故。ぶつけられたけど結局は私も少しでも動いていたため、
最終的には2-8になりましたが、納車直前だったので査定が10万かわりました[もうやだ~(悲しい顔)]
ちゃんと、思い出のある車だから、きちんとお別れするはずだったのに、突然の別れ、
事故車のまま、話し合いがおわらず修理をしないまま手放すことになりました。
代車生活をずっと続け、父に来週納車なんだ~、こんどみせにいくねと話していたのでした。

そして納車した数日後、父の逝去。病死でしたが自宅で一人で亡くなっていたため、
わからないことだらけで不安すぎる毎日でした。火葬場があいてないのも大変で。
葬儀を終えたら、今度は49日、そして相続と、めまぐるしい日々でした。
新車をみせるはずでしたが、初めて乗せたのはまさかの骨になってからでした。。(泣)
母の時と違って悲しんでいる暇がないぐらい、やることが多すぎてお金もかかって、
わからないながらもここまで何とかやってきた自分をほめたいです。
これは別途記事にしている部分があるからと、あとはいずれはやってくる事だからですが、
ただ時間がたつと、一人で逝かせてしまい申し訳なかったなとか、
葬儀をもうちょっとがんばることはできなかったのかなとか、後悔ばかりですね[もうやだ~(悲しい顔)]

父の家の相続に行政書士さんと話してようやく目途がつきそうだと、思ったころに、
親しい友人の訃報を聞きました。悲鳴をあげて泣き崩れた気がします。
いまだに信じられずに、たまにLINEをみますがもう削除されてて。
病気のことは詳しくは知らないけど、快方じゃなかったのか?コロナ禍であえていなくて、
ただ亡くなる1か月前ぐらいに、私がいつも話している推しの話について、
非常にくだらないLINEにいつも通り半ば呆れながらお返事があって、
またねといった感じだったのが、最後になりました。いつも朝おそくまで寝てるから、
妙な早朝の時間だったので不思議に思ったのですが、いま考えると病院にいたのだろうか?
正直、父のことより、えぐられている気持ちってこういうことかと思いました。
知らなかった、知らなかった、やり場のない悲しみだけが未だに残っております[もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)]

そう考えると、たとえ病死であってもこれだけの衝撃なのだから、
事故や事件だったら、のこされた遺族の気持ちがは本当に想像もつかない。

もちろん、いろんなことを穴埋めするためにお金をかけたりしました。
ただあんなに好きだった海外旅行にいまは全く興味がなくなりました。
これがまた行きたい!と戻ってくる頃には少し何かが回復するのかなと、
年の瀬に思いました。

あまりにも失うものが多すぎた2023年でした。
さようなら2023年、来年はよい年になりますようになんて言いません。
これ以上、大切なものを失わない年になるといいなと思います。
相続は終えたとはいえ、その次を考えていかないといけないです。
良い縁にめぐまれますように。(具体的に不動産屋さんです)

さようなら2023年、二度と来ないでね。

共通テーマ:趣味・カルチャー